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無職の分際で言いたい放題

自称セミリタイアの40代無職引きこもり独身男が言いたい放題

永井一正氏の長野五輪エンブレムに対する怨念が今回の騒動に繋がってるのか

東京五輪エンブレム騒動は取り下げで一旦沈静化しそうですが、そもそもの選考過程に関する疑念は残ったのでこれに対してはきっちり調査をしてもらいたいものです。

その疑念の中心にいるのは、審査委員のトップとも言える永井一正氏。札幌五輪のエンブレムデザインをした日本のグラフィックデザイン界の重鎮です。

lite-ra.com

永井一正氏の長野五輪に対する怨念

東京デザイン2020フォーラム

残念ながら長野オリンピックになりますと、絹谷幸二さんのポスターや、原研哉さんの賞状など、個別に優れたものはありましたが、全体としては統一がとれませんでした。これは大変な損失だったので、2020年の東京オリンピックでは、デザインの統一がとれたシステム化を図る必要があるのではないかと思います。

 自分がエンブレムデザインをした札幌五輪の自画自賛と、長野五輪へのdisり。篠塚正典氏に持って行かれたことを相当根に持っているんでしょう。この怨念が東京五輪エンブレム騒動へとつながっていたのではないかと思います。

長野五輪はそこまで統一とれてなかったのか?

ここで疑問なのが、長野五輪はそこまでデザインが酷かったのか?ということ。長野五輪のエンブレムはコンペで篠塚正典氏のデザインが選ばれました。永井一正氏は不本意だったかと思いますが、1964東京五輪札幌五輪のどちらのデザインとも関連性のない独立したデザインですが、華やかで躍動的なものでした。

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そして篠塚正典氏は、長野五輪ピクトグラムデザインも手がけています。

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これを見て花が開いたデザインに見えるエンブレムが、実は5人の競技者を形どったデザインでもあると気付くはず。言葉でぐだぐだとコンセプトを説明しないとわからないものではなく、見ればわかるもの。

大会全体の統一がされていたかはわかりかねますが、少なくともエンブレムとピクトグラムは見事な統一がなされていたことはわかります。

佐野研二郎エンブレムでは絶対無理

佐野研二郎氏のデザインが採用された最大の理由は9分割で変形自由度が高く、アルファベットの展開が用意されていたことが挙げられています。ただしあのアルファベットの可読性が非常に低く、WとかどうしたらWと読めるんだというくらいダザイデザインで、赤い円があったりなかったりと統一性もないので、イイワケ用にやっつけで作ったと揶揄されました。2ちゃんねるで他の人が作りなおしたデザインの方がずっとアルファベットとして読みやすいという程度のデザインでした。

そして佐野研二郎氏にピクトグラムが描けるか? という問いには私は力一杯「絶対に無理!」と言えます。なぜなら佐野研二郎氏は複雑な絵を描く能力に欠けているから。彼はシンプルを売りにしてますが、なんてことはない複雑な絵を描く能力がないからシンプルなデザインに向かっているだけ。

それでも佐野研二郎デザインを選んだのは、1964東京五輪札幌五輪からの継承と自分たちの仲間内で周辺のデザインを独占したいという狙いがあったのではないかと推察されます。あくまで憶測ですけどね。

怨念から始まっているなら、身内なら何でも良かったのかも

永井一正氏の動機が長野五輪エンブレムへの怨念だと仮定すれば、身内がエンブレムに選ばれることが最優先で極端に言えば何でも良かったのかも。最低条件として継承に当たる赤い円さえあれば。

 

 

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